テクノロジー

日本の不動産業界はDXでどう変わるのか?変えるべき「業界」「企業」「顧客体験」の3要素

近年、コロナ禍でテレワークが推進され、働き方が変化するなかで注目を集めてきた「企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)」。

データとデジタル技術を活用して、ビジネスモデルを変革し、競争上の優位性を確立するDX化に多くの企業が取り組んできました。

不動産業務においても、法改正による契約の電子化や不動産テクノロジーの進化が追い風となっていますが、大手企業と中小零細企業の格差や未だシステムに移行できていない部分も多く課題となっています。

ハウスコムでは、「HOUSECOM DX Conference」を定期的に開催し、様々な業界で活躍されている先駆者をお招きして、デジタル社会での暮らし方や働き方を議論しながら、常に新しい事業を生み出してきました。

第4回SESSIONのテーマは「Real Estate DX」。イタンジ株式会社代表取締役の野口真平氏、SREホールディングス株式会社執行役員の清水孝治氏、株式会社フィルライフの川名省吾氏を迎えて、業界、企業、顧客体験の3要素から日本の不動産業界のDX化がもたらす変革についてお届けします。
(2023年2月21日HOUSECOM DX Conference)

登壇者

野口真平氏
株式会社GA technologies 常務執行役員COO
イタンジ株式会社 代表取締役執行役員CEO
早稲田大学卒業。在学中に同大学主催のビジネスプランコンテストで優勝、学生向け SNS を企画開発し起業を経験。その後、IT企業に入社し、エンジニアとしてシステム設計を担当。2014年イタンジ株式会社に入社。 同社でWEBマーケティング、不動産仲介業務、システム開発、管理会社向けシステムのコンサルティング業務、執行役員を経て、2018年代表取締役に就任と同時にGA technologiesの執行役員に就任。2021年GA technologies執行役員COOに就任。

清水孝治氏
SREホールディングス株式会社
執行役員 クラウドソリューション事業担当 
クラウドソリューション事業本部長
早稲田大学卒業後、ニフティ株式会社に入社、新規サービス企画や事業企画に従事。2016年にAutomagi株式会社に取締役COOとして参画し、大企業100社以上にAIを活用したDX支援コンサルを実施。
2021年にSREホールディングス株式会社に参画し現職。不動産業界のDX化のためのクラウドサービスを展開し、経産省と東京証券取引所が選定する「DXグランプリ2021」を受賞。

田村穂氏
ハウスコム株式会社
代表取締役社長執行役員
ハウスコム株式会社 代表取締役社長執行役員 「住まいを通して人を幸せにする世界を創る」をミッションとし、人工知能などのITテクノロジー、自社のビッグデータを活用した社会・地域に貢献できる不動産テック企業を目指す。

モデレーター

川名正吾氏
株式会社フィルライフ 代表取締役社長
株式会社リブセンス イエシルユニットリーダー
大手重工業にて発電所政策の生産管理部門でキャリアをスタート。オフィスオートメーション化に従事。その後、不動産業界にて10年以上の経験を経て、2015年リブセンス入社。ビッグデータを活用し、イエシルプラットフォームを展開。株式会社フィルライフではエンドユーザー向けに売買に関する相談事業を提供。

不動産業界の最前線でDX化を牽引するなかで感じた大きな変化とは

ーDXという言葉が世の中になかった時代からサービスを提供して数年が経過しました。当時と今を比較して変化を感じることはありますか?

野口
弊社の創業は約10年前ですが、IT技術の向上により、通信速度が速くなりモバイルが普及し、それに伴ってコニュニケーションのあり方が大きく変わりました。

かつてのデジタルサービスは、各企業で閉じたものでしたが、現在は、人的な介在なしに、大量のデータを外部とやり取りができるようになり、データ自体の質も向上しているように感じます。

清水
DXがここまで浸透したのは、AIにおけるDeep Learning(ディープラーニング)やAWS(クラウドコンピューティング)などテクノロジーの進化の賜物ではないでしょうか。

​​現在、ハウスコムさんにAIを活用し潜在的ニーズに合致するお部屋を提案する「Serendipity Living Search」を提供していますが、今後、テクノロジーの進化が続けばChatGPTのように人間と変わらないようなユーザー対応も可能になるかもしれません。

田村
DX化によって賃貸仲介は、入居者側に寄り添ったサービスの提供が可能になったのではないでしょうか。
テクノロジーの導入により、社内業務の効率性は高まってきているので、データをいかに活用し、新たな価値を生み出すかを模索している最中です。

ーテクノロジーの進化がDX化を後押ししているのですね。不動産業界全体でテクノロジーの導入は進んでいるのでしょうか?

野口
同じ不動産業界といっても「ネットワーク外部性」という観点からみると、賃貸仲介と売買仲介では状況が異なります。

賃貸仲介では、普及率が一定のラインを超えるまでは非常に時間がかかりましたが、その後はJカーブ効果で一気に加速しました。

売買仲介は水面化では浸透しつつも、一定のラインを超えていない状態であると推測されるので、今後大きく伸びていくと考えています。

清水
売買仲介でテクノロジーの導入が遅れている理由のひとつに、特定の担当者が情報を囲い込んでお客様を見つける「属人的」な部分が比較的大きいことが考えられます。

2022年8月に実施したリブセンスのDX推進調査では、「DX化を導入すべき」と回答した企業が98%で、DX化に対する興味関心の高さが数字として表れています。

さらに、40%が「電子契約を利用したことはない」という状況ですので、賃貸に比較して遅れてはいますが、まだまだ伸び代があるのではないでしょうか。

今手を打たなければ数年後の売上が維持できない。人材不足に対する危機感がDX化を後押しする。

ー売買仲介のDX化はこれからということですね。不動産業界でDX化が進まない構造についてどのようにお考えでしょうか?

清水
売買仲介では、「テクノロジーで業務を効率化できたとしても、付加価値を生むような代わりの業務が思い付かない」「査定業務は今まで人がやってきたのだから、その分野を自動化してしまうと人材の能力が育たなくなり会社の基盤が揺らぐのが怖い」と導入を見送る企業もみられます。

一方で、2年前に導入を決めた大手企業は「今後、入社を希望する人が減少し人手不足が進むという危機感から、今以上の売上を維持するためにはDX化による業務効率が必須課題」と仰っていました。

人材不足など将来的な痛みを考えるとDX化は取り組むべきだと理解していても、属人的な部分を考慮すると踏みきれないという構造があるのかもしれません。

野口
賃貸仲介・管理会社においては、従業員数が4人以下の企業が多く、9人以下の小規模な企業が全体の約95%を占めています。大手企業ではDXが進んでいますが、大手企業も少人数の企業と取引をしているので、ここに限界があると考えています。

ただ、7〜8年前に比較して「SaaS」のように低価格のサービスを利用できるようになったので、今後は、いかにデータ活用するかという新たなリテラシーが課題になるでしょう。

田村
不動産業界で、DX化が進まない根本的な理由として、建物や人に情報が粘着しすぎていることがデータ化を難しくしているように感じています。

ただ、この数年で社内のDX化は加速しているので、お客様の要求を満足させる「顧客体験」という領域に達するのではないでしょうか。

小さな成功体験の積み重ねが大きな変革へと導く。不動産業界のDXを進めるために今できること

ー不動産業界のDX推進に向けて企業はどのような取組みをすれば良いでしょうか?

野口
企業内で業務全体を大きくDX化しようとしても、人が追いつかなければ絵に描いた餅になってしまいますから、現場で成功体験を積みながら一歩づつ運用を進めていくのが良いのではないでしょうか。

また、大手と少人数企業の二極化によりDXが進み辛くなってしまうため、業界全体で足並みを揃えて取り組む必要があると感じています。

清水
売買における成約事例はオープンになっていないので、企業内でデータが蓄積され続けています。

AIクラウドの技術革新によって、査定の精度が上がることを期待してデータを提供する企業も増えているので、そういった流れによってDX化も加速するのではないでしょうか。

田村
お客様ひとりひとりを満足させるためのデータ活用は非常に難しい課題だと思います。

今後は、管理会社や中小企業、不動産テクノロジーを提供する企業、大手ポータルサイトなど、業界全体がひとつになってデータ活用を進めていく必要があるのではないでしょうか。

ーDX化を社内で浸透させるためには、コンサルをお願いする必要があるのでしょうか?

野口
社内でのDX推進にあたって、コンサルを入れるというよりも、段階を経たシステム提供をすれば、人のリテラシーも上がっていくのではないでしょうか。

例えば、今まで電話やFAXが必要だった業務がオンラインで完結したり、CSVアップロードするなど、基礎的な取り組みが重要だと思います。

清水
最近、お客様とのコミュニケーションでLINEを使い始めたという企業が増えてきました。LINEの方がお客様のレスポンスが良いですし、動画や写真などデータも簡単に送ることできるので生産性が上がったようです。

我々が不動産テックを始めた頃と比較すると成功体験は大幅に増えていますので、今後もそういったサービスを提供していきたいです。

不動産業界のDX化は競争ではなく全体が良くなるチャンス。固定概念にとらわれずチャレンジして欲しい。

ー今話題の ChatGPTが不動産業界に与える影響についてどのようにお考えでしょうか?

野口
ChatGPTの技術に対して素晴らしいポテンシャルを感じていますが、個人的には、現在の不動産業界ではデータが圧倒的に少ないため、利用するシーンは非常に限定的になると考えています。

将来的に、個々の管理会社の文書にしか存在してないような膨大な情報のデータ化と整備が進んだ先には、将来的にインパクトのある変革をもたらすかもしれません。

清水
ChatGPTが「AIクラウド」の競合になり得るかに関しては、現段階では、我々が保持している成約データを集めるのはハードルが高い気がします。

ただ、さまざまなデータと連携するAPIを構築し学習させることで、正解が必要な分野においても利用される可能性はあるでしょう。

そこに至るまでは、間違っても困らないレベルのコニュニケーションの分野で活用していけたらと考えています。

ー今後の事業展開と不動産業界のDX化に向けて最後に一言お願いできますでしょうか?

清水
売買仲介領域でDXを実現するためにさまざまなツールを提供してきましたが、さらに他の領域でも効率化できるクラウドサービスやツールを構築していきます。

また、不動産と近い業務を行っている金融機関のお客様向けに、不動産の時価を測定するサービスも提供しているので、周辺領域での展開も進めていきたいと考えています。

業界全体のDX化に関しては、難しく考えないで小さな成功体験を積み重ねながら業務改善にチャレンジして欲しいと思います。

野口
不動産におけるDXは、「デジタル取引の一般化」がテーマになると考えていますが、1社でできることは限られています。

競争するのではなく、業界全体がデジタル化することでチャンスが増えると捉えて、まずは試してみようという気持ちを持っていただけたらと思います。

田村
今回のセッションで得た知見をもとに、ハウスコムでは「顧客体験」を向上させるDX化を進めていきたいです。

不動産業界全体では、管理会社とのコミュニケーションに費やしてきた膨大な時間をテクノロジーによって効率化できれば、お客様に満足していただけるDX化が実現するのではないでしょうか。

終わりに

不動産業界では「AI査定」や「契約書面の電子化」をはじめ、システムの導入が行われてきましたが、大手企業と中小零細企業の格差、契約金額の大きさ、個人の能力を重視する文化などによるDX化の遅れが課題となっていました。

企業にとって、将来的に人手不足が進むことを考慮すると、今以上の売上を維持するための業務効率化は必須課題であり、デジタル化によって膨大なデータが蓄積されることで、さらなるチャンスが広がります。

不動産業界全体のDX化への取り組みは、業務を効率化するとともに、蓄積されたデータの精度を向上させ、お客様ひとりひとりの希望に沿った提案と「最高の顧客体験」につながっていくのではないでしょうか。