テクノロジー

DX推進で売上25%アップ。九州のホームセンター「グッデイ」に学ぶ組織変革のアプローチ

コロナ禍においてテレワークが推進され、働き方が変化するなかで注目を集めているのが「企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)」。

経済産業省による「DX推進ガイドライン」では「データとデジタル技術を活用して、ビジネスモデルを変革するとともに、業務を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義され、多くの企業がDXに取り組んでいます。

しかし、日本の企業におけるDXは「IMD(国際経営開発研究所)」が2021年に発表した「世界のデジタル競争力ランキング」では、1位アメリカ、2位香港、3位スウェーデンに続き、日本は28位、先進国のなかでは遅れています。

実際に、社内でDXを推進しようとしても、人材やコストなどさまざまな課題に直面し、想像以上に難しいのが現状ではないでしょうか。

そのような状況のなか、メールもWebサイトもなかったホームセンターグッデイは、DXに着手して僅か7年足らずで売上25%アップを達成する快挙を成し遂げました。

ハウスコムでは、「HOUSECOM DX Conference」を定期的に開催し、様々な業界で活躍されている先駆者をお招きして、デジタル社会での暮らし方や働き方を議論しながら、常に新しい事業を生み出しています。

HOUSECOM DX Conference 第2回SESSION 2では、株式会社グッデイ代表取締役の柳瀬隆志氏、株式会社三越伊勢丹営業本部オンラインストアグループ長の北川竜也氏をお迎えして、「デジタル時代に求められる組織への変革をいかに推進するか」をテーマに、個人と組織を目指すべきゴールに導くためのアプローチについて議論しました。

(2022年8月25日HOUSECOM DX Conference)

登壇者

柳瀬 隆志 氏
嘉穂無線ホールディングス株式会社 代表取締役社長
株式会社グッデイ 代表取締役社長
株式会社カホエンタープライ 代表取締役社長

2000年東京大学経済学部卒業後、三井物産株式会社に入社。2008年嘉穂無線株式会社に入社、2009年社長室長、2010年に営業本部長を歴任したのち、2011年には株式会社イーケイジャパン代表取締役社長に就任。2013年、嘉穂無線株式会社代表取締役副社長を経て、2016年より株式会社グッデイ(嘉穂無線株式会社より社名変更)現職。

北川 竜也 氏
株式会社三越伊勢丹
営業本部オンラインストアグループ長

国連の活動を支援する NGO 、企業風土改革を行うスコラ・コンサルタントを経て 、クオンタムリ―プの創業に参画し、大企業の新事業創出支援やベンチャー企業支援事業に従事。その後、アレックス株式会社の創業に参画。会社の運営と合わせ、日本のものづくりを世界に紹介、販売するEコマース事業を立ち上げた後、三越伊勢丹ホールディングスに入社。

田村 穂 氏
ハウスコム株式会社 代表取締役社長執行役員
「住まいを通して人を幸せにする世界を創る」をミッションとし、人工知能などのITテクノロジー、自社のビッグデータを活用した社会・地域に貢献できる不動産テック企業を目指す。

「分析プラットフォームTableau」との出会いがもたらした転機とは

北川
グッデイのDXに関するお話をお伺いしてもよろしいでしょうか?

柳瀬
私は、新卒で2000年から2007年まで東京の会社で勤務し、2008年に家業であるホームセンターに入社しましたが、前職と比較してあまりにもIT化が進んでいないことに唖然としました。

自社のWebサイトがないだけでなく、誰も社内専用のメールアドレスを持っていません。連絡は固定電話かFAX、集金も自社の軽トラを運転した社員が前日の売上を本社に持参する「社内便」で行われていました。特に、分析業務はそれぞれがExcelのデータを加工していたので、作成に時間がかかりますし、生産性の低い議論しかできず非常にストレスが溜まりました。

私たちはこの約7年を「暗黒期」と呼んでいるのですが、この期間はかなり長く続きました。

転機が訪れたのは2015年で、膨大なデータをわかりやすく可視化するBIツール「Tableau(タブロー)」によってデータ分析環境の構築が可能であることを発見し、そこから道が開けました。

当時、データ分析に関する特別なスキルを持った社員は誰もいなかったので、週1回若手10数名を集めて、データベースを操作するためのSQL言語や、Pythonの基礎、Tableauの使い方など「データサイエンス」の基礎を学ぶ「グッディデータアカデミー」という勉強会を始めました。

また、Googleワークスペースを利用して、スプレッドシートで情報を共有することで、ペーパーレス化を実現しました。

さらに、2年後の2017年には、「株式会社カホエンタープライズ」を設立し、異業種や大学など、社外の方々に向けた、Tableau導入や活用支援データ活用に関するコンサルティングやDX研修に着手しました。

そういった活動を経て、2014年と比較して、昨年と一昨年で売上が25%アップしました。売上はさまざまな要因で変動しますが、社内のムリ・ムダ・ムラの改善により、確実に利益を伸ばしています。

DXが進んだおかげで、2020年以降のコロナ禍によるリモートワークにも問題なく移行し、2022年6月には私たちの軌跡をまとめた「GooDay X〜地方企業が挑んだ「人」のDXが大規模法人部門で大賞を受賞しました。

「精神論で人を変える方がITで人を変えるより難しい」鍵を握るのは可視化できるデータ分析

田村
柳瀬さんはお父さんから引き継いだ会社かと思いますが、ファミリー企業としての難しさはありましたか?

柳瀬
私の父は「嘉穂無線」という電気屋さんの二代目で、ITに関する知識はなく、「人間とはこうあるべき」「社会貢献とは会社とは何か」など哲学的なことを大切にするタイプの人でした。

ITも含めて、商品に関してなど細かいことには一切口出しされなかったので、そういう意味では恵まれていたと思います。入社以来、室長や副社長という立場で、社長の概念的な話をいかに落とし込むかに専念できたので非常にやりやすかったです。

北川
それぞれに役割分担ができていたということですね。私も同じ小売業で働いていて、販売のベテランやバイヤーは、過去の価値パターンを強く持っているので、そこを一気に変える難しさを日々痛感しているのです。そのような壁はどのように乗り越えたのですか?

柳瀬
入社した当時は、そもそも予算自体がありませんでしたし、何をすれば目標を達成できるのか分からない状態でした。

「どうやって達成するの?」と会議で問いかけても黙り込まれてしまうだけでしたから、「今までのやり方では達成できないのだから、データを使って現状を分析をしましょう」と促しました。

田村
予算を達成することだけを考えても、経営者の危機感と現場の危機感には差があると思いますが、どうやって越えたのでしょうか?

柳瀬
「ITで会社を変えるのは抵抗が多くありませんか?」という質問を多く受けますが、精神論で人を変える方がITで人を変えるより余程難しいと思います。どれだけ頑張って説得しても人のマインドはそう簡単には変わらないですし、結果が伴わなければ無責任な発言になってしまうでしょう。

しかし、数字やデータと照らし合わせて「この現状はこの数字とグラフに現れていますよね」と説明すれば相手も納得しますし、コミュニケーションに対する苛立ちは解消されました。

「事実に基づく明確なデータ利用」でコミュニケーションが円滑に

北川
現場の方々に、いきなり「Tableau」を使ってデータを分析してくださいというのはハードルが高いかと思いますが、リーダーとしてどのようなゴールを設定したのでしょうか?

柳瀬
そういった事態を予測した工夫のひとつなのですが、2015年に導入して1年間はバイヤーや店長には「Tableau」は一切触らせていません。

勉強会の10数名のメンバーが基礎的な使い方を学び、実際の店舗で「こういう接客をすれば、売上が上がって、在庫が減って、トータルで利益がでますよ」という事例を作って、その進捗を店長会議で共有しました。

「Tableau」によるデータ分析をスクリーンショットで作成してメール送信を続けることで「これは使った方が良いんじゃないの?」ということに現場も気がつき始めて、自分達の店舗でも使ってみたいと思ってもらえるようになりました。

北川
最初から理想的な仕事のやり方を設定してそこに社員を向かわせるというよりは、共に学びながら論理的に伝えたということでしょうか?

柳瀬
やるべきことに対して、明確な答えを出すために、BS(貸借対照表)やPL(損益計算書)を見て、売上をあげて在庫を減らしていくのですが、データを分析して、どこに課題があるかを知り、改善するには何をすれば良いかを考えるのですから、経営コンサルタントに近いかもしれません。

帳票の単独の数字だけを追うのではなく、前週比や前月比の移動平均など膨大な情報量をデータで動かしながら可視化できる仕組み作りが必要だと思います。

私は31歳で入社し、40歳で社長に就任しましたが、「今まで全く関係ない業界にいたのに、社長の息子だからその立場にいるんでしょう」なんて誰も言わないですが、そう思われても仕方がありませんでした。

しかし、Tableauの画面を共有し、事実に基づく明確なデータを示しながら話すことで、コミュニケーションが円滑に流れるようになりました。

「DX推進」は部長クラスの「ミドル」をいかに機能させるかが重要

北川
柳瀬さんは経営者という多忙な立場で、どのように新しい部門を開拓したのでしょうか?

柳瀬
私は文系ですがデジタルガジェットが大好きで、iPhone(初代)から利用していますし、1日中やっても飽きないくらいデータ分析も好きです。

ただ、あまりにも趣味に走りすぎてしまって、旧来のシステムの構築などを完全に作り替えることになれば、何億レベルの投資になりますから、社内でITの話題は控えるようにしていました。

その後、時代とともにクラウドが使えるようになり、Tableauのライセンスは10万円で取得できることもあり、飛び抜けている企業はあまりなかったので社長になるタイミングでIT化に着手しました。

北川
複数ある店舗で一度にDXを推進するのは非常に難しいと思いますが、どのように浸透させたのですか?

柳瀬
部長クラスのサポートが厚かったのが勝因だと思います。最初はTableauを導入しても、利用する習慣がなかったので、現場も興味はあるけれど使い方が分からないので後回しという状況でした。

そこで、店舗運営部長と若手社員が一丸となって、現場で「こんなことできる?」って聞かれたら「できます」と必ず答えることを徹底し、Tableauを使える人を増やしていきました。

私たちの会社は、情報に関してはトップダウンなので、ボトムアップではありません。
恐らく、ミドルがうまく機能して、トップの意向が浸透しやすくなったのではないでしょうか。

田村
組織は、ミドルを中心としたアップダウンが重要なのでしょう。優秀なミドルを大事に育てていけば、トップにも臆せず意見が言えますし、現場の課題や仮説も彼らが見つけていくことになれば組織として非常に面白くなりますね。

「魚の釣り方は教えますが魚はあげません」突き離すことで自立した人材を育成する。

北川
企業のトップは早く成果を出したいと焦ることもあるかと思いますが、柳瀬さんがそこまで冷静でいられたのはなぜですか?

柳瀬
全て内製化していて外注していないからだと思います。
既存の社員が通常通りに勤務しながらスキルを身に付けて組織で機能していったので、急ぎすぎて負荷をかけすぎない配慮をしたのが結果的に良かったのかもしれません。

現在は、外注を受ける立場ですが、料金を支払っているのだから早く結果を出さなければと焦ってしまう気持ちはよく分かります。

システムを推進していた社員が「魚の釣り方は教えるけど魚はあげないから自分で釣ってください」と突き放したおかげで、時間はかかりましたが、ツールを使いこなし、自ら考えて行動する社員が増えていきました。

田村
ミドルアップもそうですが「自力型」の組織をどう作っていくかは私たちの会社にとっても大きな課題だと思います。

「魚は釣りません」と突き放すことで、自分達で課題を発見し解決出来るようになるので、支配的なトップダウンだった組織が自立する方向に進みそうですね。

北川
現場が自立して取り組む姿は、柳瀬さんのなかで始めからイメージできていたのですか?

柳瀬
2014年が最も業績が悪かったのですが、「自分でやればできるのに人にやってもらおうとしてもできないのはなぜだろう」とずっと悩んでいました。

そこで、エグゼクティブコーチングを受講して、人間はそれぞれに価値観があるので、相手に共感してもらえるように心がけなければいけないことを学びました。

それは、「人間には質問されると考えるという行動パターンがある」です。

パートさんなどとのコミュニケーションで「Aをやってもらう」ときには「Aをやってください」ではなく「Aをするにはどうすればいい?」と質問を投げかけるようにしました。

頑張れという精神論ではなく「仮説検証プロセス」で指針を示す

北川
経営者という多忙な日々のなかで、集中すべきことは何かを絞り込んでいく基準などはありますか?

柳瀬
私は3代目で、さまざまな歴史を学び、幼い頃から「組織における3代目の重要性」を痛感する一方で、私は、人前で喋ったり、リードするタイプではないので経営者としてやっていけるか不安でした。

「なぜ代表自らがデータ分析するの?」とよく質問されますが、結果を出すために何をすべきかが明確になるからです。

「頑張れ」という精神論ではなく「これをすればこうなるのではないか」と仮説を立て、仮説通りに進んでいるかを検証する「仮説検証プロセス」によって、社員に具体的な方向性を示すこともできるでしょう。

目先の数字に右往左往せず、会社の価値観や存在意義を伝えて、未来を見せて少し先を提示するために「データ分析」を特に重視しています。

田村
「これからこの会社がどうなるか」を社員にストーリーとして見せてあげるのは素晴らしいですね。
私はトップダウンで指揮を執ることが多いので、社員みんなに自ら考えてもらって、自分は判断のみを行うように心がけています。

これからはプライバシーを保護しながら「お客様のためのDX」を推進したい。

北川
お二人のお話に共通しているのが「自立」というキーワードになりますが、経営者としてのビジョンを示しながら、判断に至るまでの結果の出し方は現場にお任せするということですね。

私は、ライブコマースやSNS、コミュニティ形成など「小売業としてやった方が良いこと」がたくさんあるなかで、どれを選択すべきか悩むことが多いです。柳瀬さんの選択における判断基準などはありますか?

柳瀬
「DXに取り組みましたが売上は上がりませんでした」では経営者として恥ずかしいので、「これをやることに何の意味があるのか」は徹底してシビアに考えます。

私は人の話を聴くのが好きなので、意見はいくらでも耳を傾けますが、「それが会社にどれだけ貢献するのか」という意識は常に持っています。例えば、「人件費削減」は、実際に人を減らすのは難しいですから、最初から選択肢には入れていません。

北川
小売業、不動産経営者として見るべきポイントは違うかもしれませんが、それぞれどの部分の数字を意識していますか?

田村
数字のKPIを追うことで、お客さんの動向の変化を読み解くことができるので、「市場やペルソナ」を社員に分かりやすく示してあげるようにしています。柳瀬さんは競合の分析はされているのでしょうか?

柳瀬
競合が公開している月次や県別のシェアは常に見ています。
参考にしているのは「Google MAPのコメント」で、毎週自動集計して4点以上になるように頑張ろうと呼びかけています。

意識してフィードバックすれば少しづつ数字は上がってきますし、生のお客様の声が公開されるので、放置すればコメント欄が荒れてしまうため、返事は欠かさないようにして、情報は朝礼で話すなどして共有しています。

北川
お客様の声を聞くことは、お客様と真摯に向き合うことにつながるのではないでしょうか。
柳瀬さんは、2015年から7年に渡ってDXに取り組んでこられましたが、今後の展望などありますか?

柳瀬
今までは社内の業務改善に力を注いできて、データも揃ってきましたので、これからは、プライバシーを保護しながら「お客様サービスとしてのデータ活用」に取り組んでいきたいです。

田村
私たち不動産業界は、5名以下の90パーセント弱が少人数でローカライズされているため、お客様に対して真摯に向き合っている企業が多いです。
そういった企業が競合になるので、分社化していて、地域に根ざした「お客様」に喜んでもらえるサービスを提供したいです。

終わりに

POINT

・「データサイエンス」の基礎を学ぶ「グッディデータアカデミー」という勉強会を定期的に開催し、後に参加していた若手社員たちがDX推進の要となった。


・「データ分析」は、BS(貸借対照表)やPL(損益計算書)を見て、改善するには何をすれば良いかを考える「経営コンサル」に近い業務である。
・部長クラスのミドルがうまく機能すれば、「現場の課題発見と解決」と「上層部への活発な意見」によって組織が活性化する。
・社員自らが課題を解決する力を養うために、時には突き放すことが「自力型」の組織形成に寄与する。
・「自力型」の組織をどう作っていくか仮説を立て、仮説通りに進んでいるかを検証する「仮説検証プロセス」によって社員に具体的な方向性を示すことができる。

いかがでしたでしょうか?

経済産業省の『DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~』によれば、もしDXが進まなければ、2025年以降、最大で年間12兆円の経済損失が生じる可能性があると警告を促しています。2025年を目前に控えて、DX推進に邁進する企業も多いのではないでしょうか。

DXの目的は単なるIT化ではなく、課題解決ですから「社員の変革」を避けては通れません。

株式会社グッデイは、「Google Workspace」と「Tableau」などの安価で取り組みやすいツールを利用し、全ての社員がデータ分析に基づいた「データドリブン」による判断を下し、自らが課題解決にチャレンジする人材を育成することで、業績を大きく改善させました。

従業員1500名、64店舗、売上380億円、1978年創業、13年前にはメールもホームページもなかった「株式会社グッデイ」の軌跡は、古い業界の体質やコストなどの問題からDXに悩む企業の指針となるでしょう。