テクノロジー

アフターデジタルのビジネスに対応した組織の作り方

新型コロナウイルスの感染拡大によって、テレワークやリモート会議などが浸透し、日本でもオンライン化が一気に加速しました。

デジタルが隅々まで浸透した「アフターデジタル」に速度を上げて突き進むなかで、多くの日本企業はDX(デジタルトランスフォーメーション)戦略で活路を見いだそうとしています。

「アフターデジタル」によって、社会やビジネスモデルが変わっていくなかで、企業はどのような組織を作る必要があるのでしょうか。

ハウスコムでは、「HOUSECOM DX Conference」を定期的に開催し、様々な業界で活躍されている先駆者をお招きして、デジタル社会での暮らし方や働き方を議論しながら、常に新しい事業を生み出しています。

HOUSECOM DX Conference第2回SESSION 1では、株式会社みずほ銀行執行役員の秋田夏実氏 、オイシックス・ラ・大地株式会社専門役員の奥谷孝司氏、株式会社ビービットの藤井保文氏 をお迎えして、「アフターデジタルに選ばれる組織の作り方」について対談が行われました。

コロナ禍で変化した顧客との関係性や「アフターデジタル」の組織作り、「古い業界でDXに取り組むためのヒント」などを中心にそれぞれの立場からお話をお伺いしています。

(2022年8月25日HOUSECOM DX Conference)

登壇者

秋田 夏実 氏
株式会社みずほフィナンシャルグループ グループ執行役員 人事グループ副グループ長(グループCPO)兼株式会社みずほ銀行 常務執行役員 人事グループ副グループ長(CPO)兼みずほ証券株式会社 常務執行役員 人事グループ副グループ長(CPO)兼みずほ信託銀行株式会社 常務執行役員 人事グループ副グループ長(CPO)Chief People Officer

東京大学経済学部卒業。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院卒業(MBA)。シティバンク銀行、マスターカードなどの要職を歴任後、2017年4月に金融業界を離れ、アドビに入社。アジア人女性初のバイスプレジデントとして社内外のDX推進などに従事。2022年5月より現職。

奥谷 孝司 氏
株式会社顧客時間 共同CEO取締役 オイシックス・ラ・大地株式会社 専門役員 COCO(Chief Omni-Channel Officer)株式会社イー・ロジット社外取締役 株式会社Engagement Commerce Lab. 代表取締役

1997年良品計画入社。2010年WEB事業部長に就任し「MUJI passport」をプロデュース。15年10月オイシックス株式会社入社。現職の傍らで18年9月株式会社顧客時間を設立。主な著書に『世界最先端のマーケティング 顧客とつながる企業のチャネルシフト戦略』(共著、日経BP社)がある。日本マーケティング学会理事。

藤井 保文 氏

株式会社ビービット 執行役員CCO(Chief Communication Officer)東アジア営業責任者

東京大学大学院修了。上海・台北・東京を拠点に活動。国内外のUX思想を探究し、実践者として企業・政府へのアドバイザリーに取り組む。著作『アフターデジタル』シリーズは累計16万部を突破。2021年5月、オンラインフェス「L&UX2021」を開催。AFTER DIGITAL Inspirationでは編集長として情報を発信している。

田村 穂 氏

ハウスコム株式会社 代表取締役社長執行役員

「住まいを通して人を幸せにする世界を創る」をミッションとし、人工知能などのITテクノロジー、自社のビッグデータを活用した社会・地域に貢献できる不動産テック企業を目指す。

「顧客体験の最大化」を追求し「異業種パーソナライズ競争」に備えよ

秋田
最初のテーマは、顧客との関係性です。デジタルシフトが進み、その背景としてはコロナ禍が変化を加速した部分も大きいのではないでしょうか。
お客様との関係性に関する変化を感じたことはありますか?

藤井
マーケティング業界で、UX(ユーザーエクスペリエンス)とCX(カスタマーエクスペリエンス)のコンサルティングといえば、「いかに成果に結びつけるか、目的までの体験をスムーズにするか」という「顧客体験の最適化」のみに目を向けられがちです。

しかし、それ以上に重要なのは「顧客体験価値の最大化」です。最適化は今あるプロセスを積み上げることで達成できるかもしれませんが、最大化はそれほど単純ではありません。

一例をあげると、今、ホームセキュリティ業界は、Webカメラで留守中の監視ができて、必要であれば音声まで発信できる「Amazonエコー」にシェアを奪われかねない状況に陥っています。ホームセキュリティ業界にとっては、同業他社ではなく、全くの想定外の業界から敵が現れて、「顧客体験」という新しい価値を上塗りします。

ですから、これからは、今までと同じように業界を縦割りに考えるのではなく、いかに横の関係を広げるかがテーマになっていくのではないでしょうか。

奥谷
確かにここ数年で「異業種パーソナライズ競争」は、ホームセキュリティ業界以外でも実感する機会が増えました。

例えば、最近、私と娘が「痩せたから運動しよう」という話になったのですが、私はフィットネスクラブに向かいましたが、娘は部屋でYouTubeを見て運動しているようでした。そして、私よりも早く痩せて成果を出してしまうのです。もちろん、YouTubeでは最適化された情報が手に入るのですから、結果が出るのも当然かもしれません。

しかし、お客様を口を開けて待っているのではなく、思わぬ競合が潜んでいることを念頭に置いて、「顧客価値のシフト」の上位階層である「お客様とつながり続ける価値」のためにどうすれば良いかを真摯に考える必要があるでしょう。

田村
不動産業界は、お客様の部屋を探すことですが、私たちは、部屋探しがゴールだとは思っていません。

今は、ポータルサイトで検索すれば、条件に合った最適な物件が表示されますが、他社と同じものを同じように見せても、そこに価値は生まれません。住んだ後にどういう世界があるのか「リアルな未来の体験」をお客様から見せてほしいという要望も多くなってきたので、そこに応えて行きたいと考えています。

世代によって、ツールを使いこなせないのではないかという質問を受けることが多いですが、確かに、若者の方が情報リテラシーは高いかもしれません。しかし、リアルな未来を体験したいという気持ちに世代は関係ないと思っています。

地域に密着したペルソナを設定すればお客様が求める「リアルな未来」を提供できる。

奥谷
田村さんのお話からすると、自社で提供できる情報や価値では足りなくなる可能性も出てくるのではないでしょうか。他社とのコラボレーションなども検討されているのですか?

田村
今は、地域の中でお客様が何を求めているかをしっかりと把握することに力を注いでいます。名古屋と関東では、車社会かどうかという観点だけでも、ペルソナが全く違います。実際に地域のスーパーや幼稚園などに足を運んでみなければ分からないことは、たくさんあるものです。

例えば、乳幼児をお連れのお客様に「この地域の幼稚園は、運動会が非常に感動的なので、保護者の方は、必ずお休みをとって参加されますよ」という情報を提供することで「それは楽しみだ。休みを取れるようにしておこう」というリアルな未来が想像できるでしょう。

そういった既存のポータルサイトでは分からないような「未来の体験」を提供していけたらと思っています。

藤井
お客様の家族構成やライフスタイルなどの文脈を読み取ることで付加価値をつけるのは重要だと思います。「顧客体験価値の最大化」に関しては、前後どちらの工程でも可能ですが、最近は、InstagramやTikTokでも「家を持つこと」の価値をインフルエンサーが発信するケースが増えているようです。

住んだ後の住まいの在り方を、憧れのインフルエンサーを通じてお客様に想像してもらうという、横のつながりを用いた手法は、提供価値としては非常にユニークではないでしょうか。

「お客様の成功」をみんなで願う、その手段としてデジタルがある。

秋田
DXを推進するうえで「お客様を中心に据えた取り組み」の大切さを改めて実感しました。
さて、次のトピックは「顧客体験のためのDX」ですが、今までのお話の流れでハウスコムさんで取り組まれていることはありますか?

田村
私たち賃貸仲介では、お部屋を紹介する仕事ですが、同じ部屋であっても、お客様によって、受ける印象や入居した後の体験は全く違います。

ですから、お客様が何を望んでいるかをしっかりと理解するために、メールやチャットに現れる微妙なタッチやトーンを逃さないようにしています。また、今までは部屋を探しにきたお客様に対して、写真をお見せして説明すればよかったかもしれません。

しかし、今は「コンセントがどこにあるか」「各部屋に何個あるのか」など、何を聞かれても答えられるように、お客様の部屋に求める価値を探っている段階です。

奥谷
今までの田村さんのお話をお伺いして、やはり、究極は「カスタマーサクセス」だと痛感しました。
現状、小売業などでは、機能的な価値はどの会社も満たしているなかで、いかにお客様の体験価値を高めて、長いつながりを持てるかが重要になってくるでしょう。

最近は、お客様のDXを目指して、DX推進部やオムニチャネル本部を作りたいという企業が多いですが、私は一貫して「カスタマーサクセス部にしましょう」と提案しています。

藤井
今、日本は少子高齢化で人口が停滞し、マーケティングの技術も固定化しているので、新しいお客様を獲得するためには、技術的にも多大なコストがかかります。

その一方で、デジタル化によって、お客様が移動中なのか、運動中なのか、どこで昼食を食べたのかなどの情報を得ることができれば、既存客における「成功体験の実現」は比較的支えやすいフェースに入っているのではないでしょうか。

お客様の「成功体験」を支えるために、デジタルを駆使すれば、おのずと結果はついてきますから、新規顧客ではなく、既存客のLTV(Life Time Value)を高めることが重要になるでしょう。

「他社ではなく自社とつながり続ける価値はあるか」お客様目線で徹底的に考え抜く。

秋田
「カスタマーサクセス」を実現するためにはどうすれば良いでしょうか?

藤井
DXには、UX(ユーザーエクスペリエンス)型CX(カスタマーエクスペリエンス)がありますが「顧客価値の最大化」を考える場合、どうしてもビジネス領域だけの話になりがちです。

しかし、抜けがちなのが、「お客様にとって自社のサービスとつながり続ける理由」です。
「他社を選ばずに、自社とつながる」提供価値があるほどユニークなサービスや商品になっているでしょうか。

奥谷さんが執筆された本にもありますが、自社目線ではなく、お客様目線で「ジャーニーが統一されているかどうか」をもう一度問い直す必要があるのでしょう。

奥谷
オイシックスにおける「つながり続ける理由」を考えると、私たちは「ネットの八百屋」ですから、どんな商品を購入しているのか「お客様のカートの状況」は常に把握していますし、20分で料理が完成する「ミールキット」はいつでも体験できます。

しかし、ミールキットは他社でも購入できます。

だからこそ、さまざまな企業とのコラボレーションやSDGs的な問いを通じて、料理という苦痛な作業を少しでも楽しんでもらいたい。体験とセットでつながる価値を提供して、お客様に満足してもらえたらと考えています。

お客様と「つながり続けるためのDX」は、エンゲージメントの可視化や顧客中心主義につながるのではないでしょうか。

​​​​​​​​​​「電気自動車で北京の空を変えてやる」企業精神に深く賛同したお客様とのつながりは永遠に続く。

秋田
今までのお話をお伺いして、DXにおける「カスタマーサクセス」の重要性を深く理解することできました。「カスタマーサクセス」に関する事例はありますでしょうか?

奥谷
福岡県にある「YAMAP」は、「安心安全な山登り」のためのコミュニティビジネスです。

利用者は、アプリを通じて「今日は富士山に登ったよ」「高尾山の天気は晴れていたよ」という活動記録を仲間と共有できるCtoCのコミュニティなのですが、現在は、YAMAP独自の商品も販売しています。
スノーピークなどのサポート的な役割だと思っていたら、自社開発の商品まで発売しているのには驚きました。

私たちの会社でも、購入すればポイントが付与されるサービスはありますが、YAMAPは「山でより素晴らしい体験をして欲しい」という願いから、売上は「山の保全事業」に還元されます。
山登りを愛するお客さんにとっては、この企業精神こそが「YAMAP」とつながり続ける理由になっているのでしょう。

企業は、「お客様とつながり続ける価値」を「機能」と「体験」でしか語ることはできません。
YAMAPは、「自然と人をつなぎたい。山を楽しんでもらうことで実現したい」という企業からお客様に向けた価値と、「YAMAPに賛同したい」というお客様から企業への価値が見事に合致しています。

これこそが、深いつながりを意味する「エンゲージメントバリュー」の高い「カスタマーサクセス」ではないでしょうか。

秋田
「YAMAP」の代表は、日本の山登りの平均人口は50代で、若い世代に外に向けた「ゲームだけでなく、外に出て山の魅力を知って欲しい」と願われているそうです。競合が同じ業界ではなくゲーム業界などであることも含めて「YAMAP」は、非常に視座の高い事例だと思います。

海外でも「YAMAP」のような事例はありますか?

藤井
テスラの競合として知られる「NIO」は、中国の新興電気自動車メーカーで、時刻や場所をアプリで指示すれば、デリバリーで蓄電池を備えた車が駆けつけてくれるという機能価値を追求すると共に、さまざまな体験ができる「NIOセンター」に行けば、イベントを毎日開催していて、同じ世界観を持った仲間との出会いや交流が楽しめます。

元々「NIO」は、創業者の李斌氏がアメリカから北京に移動したときに、北京の空が白すぎることに憤慨し「電気自動車で北京の空を変えてやる」という想いから立ち上げた会社です。そういったパーパスやライフスタイルに共感するファンも多いのではないでしょうか。

トラブルで蓄電池が炎上して売上が落ち込んだ際には、ユーザー自らが営業して、お客様も一丸となって企業の危機を乗り越えようとしたそうです。

アプリによるデジタルなつながりだけでなく、ファンミーティングも含めたリアルなつながりで築かれたコミュニティによって、会社の危機をユーザーとともに乗り越えようとする。まさに、顧客が企業とつながる価値の象徴とも言えるでしょう。

あらゆる部署が手を組み総力戦で向かわなければ「つながり続ける価値」にブレが生じる。

秋田
このトピックでは、「カスタマーサクセス」を組織でいかに実現するかお話をお伺いします。ハウスコムさんでは、どのような取り組みをされていますか?

田村
私たちハウスコムは、現在、約200店舗ありますが、地域に根ざした小さな組織を作るために「地域分社化」に舵を切りました。

私が、本社の品川で旗を振れば、大きく組織が動くかもしれませんが、「お客様の成功」は動いてくれないでしょう。しかし、地域がそれぞれ違うように、そこに住む方も違いますから、それぞれの要望や希望を成功体験に繋げられたらと考えています。

ただ、地域分社化は「組織としての競争力をいかに高めていくのか」を目的としているので、現段階ではリアルが主体で、デジタルには及んでいません。

秋田
地域に密着した組織では「管理体制の構築や企業の内部統治」など「ガバナンス」とのバランスが難しいのではないでしょうか?

田村
ガバナンスは、まさに今議論している最中です。地域分社化では、今まで私の求心力によって小さくしてきた組織に遠心力が働くことになるでしょう。ただ、現段階では、それぞれの組織で自由にやっていただけたらと考えています。

藤井
デジタルによって、お客様との接点が常に取れるようになると「このお客さんは次のステージにいきそうだな」「もしかしたら、退会するかもしれない」ということが分かるようになってきます。

ただ、組織において難しいのは、「マーケティング」と「カスタマーサービス」など総力戦で向かっていかなければ、お客さまにとっての「つながり続ける価値」に統制が取れなくなる恐れもあることです。

商品やサービスが代弁するから問題ないと考えるのではなく、お客様の購入経路など「カスタマージャーニー」を組織みんなで支える必要があります。

賃貸仲介業の場合、地域の価値をそれぞれの店舗で理解できますし、「お客様の暮らしを大切にしよう」という企業の想いもしっかりとお客様に届きますから、そういった組織作りが適していると感じました。

奥谷
「カスタマーサクセス」は、確かに遠心力が働くかもしれませんが、地域に任せることで、最終的には、遠心力は求心力へと変化するでしょう。業界の縦割りもそうですが、総力戦で「カスタマーサクセス」に向かうなら組織は小さい方がいいと思います。

DXを進めるためには、単なる「ヒューマンタッチ」だけでなく、データと付き合わせて客観視する「ヒューマンタッチテクノロジー」の掛け合わせが重要です。

「アフターデジタル」の組織作りは、技術レベルばかり上がっても、デジタル体験優位で顧客体験がおろそかになる可能性もあるでしょう。

最近、渡米した際に、改めてスーパーを見て回ったのですが、「Amazon Go」では、コカコーラとキットカットなど限られた商品の陳列しかありませんが、それでもお客様はいましたし、「Amazon Fresh」では、販売促進が充実していて、店舗体験も非常に良くなっていました。

コロナ禍を経て、Trader Joe’s(トレーダー・ジョーズ)なども存続していますから、お客様は「多様な買い物体験」を必要としていることを実感しました。

今後、Wegmans Food Market(ウェグマンズ)やWalmart (ウォールマート)がデジタル化に向かう場合、いかにパーソナライズ化するかが重要になりますが、今まで培ってきた文化などを忘れてはいけないと思います。

前例を疑うからこそ始まるブレークスルーもある。地方の小さな組織に秘められた可能性とは。

秋田
業界によってはDXは難しいのではないかという意見も聞かれますが、そういった業界での考え方や進め方はありますか?

藤井
私たちは、UX(ユーザーエクスペリメンス)の専門家として取り組んでいますが、なぜそれをしているかが分かっていないケースも多くあります。

例えば、インドネシアの伝統的な小売店である「パパママショップ」は個人経営が多く、サプライチェーンも多様化しているのですが、中間手数料などのマージンが非常に多く発生しています。そういったことが当たり前になっているので、現状を打破するのは非常に難しいですが、EC業者として、お店を出店して個人に売れば、透明性も高くデータを残すこともできます。

こういった社会に潜む問題を解決するのがDXの役割のひとつだと思います。

秋田
組織のなかにいると固定観念に縛られていることにすら気がつかないケースは多いかもしれません。
前例を疑うことから始まるブレークスルーがあるかもしれません。古い組織におけるDXで何か事例はありますでしょうか?

奥谷
山形県酒田市にある「SUZUKI MOTORS(スズキモータース)」は、YouTubeを通じてバイクを販売するなど、彼らなりのDXで業界の常識を変えました。

もともと、現在の代表である鈴木貴大さんの祖父が新車を販売していましたが、中古車に関する非常に丁寧な解説動画をYouTubeに投稿して、新たな販売経路を確立しました。そこから、さらに、彼は勝利の方程式を変えて、成功した中古車から新車にシフトするのですが、これは、ビジネスの方向転換としては相当なリスクになります。

しかし、彼には中古車販売を通じて培ってきた人との繋がりがありますし、「バイクを通じて良い人生を送ってほしい」というお客様への強い想いから、購買後の体験などを通じて、地域を超えたバイクの販売に成功しました。

一般的にバイクは2年に1度買い換えますが、彼は従業員に対して「今、私たちは2年後のお客様を作っているんだよ」と伝えているそうです。

また、花火大会を開催するなどバイクを購入した後のお客様の楽しみを提供し続けています。さらに、現在の法律では二輪の整備士は日本人しかなれないという現状を変えるための活動も行っています。

このように、地方にも優れたマーケターが大勢いらっしゃいますから、地域の小さな組織から「それって常識ですか?」と問い直す意味は大いにあるでしょう。

「仮説とインサイトを引き出せる社員の情報リテラシーをいかに向上させるか」HRの腕が問われている。

秋田
DXを進めるためには、社内全体のITリテラシー向上が必要ですが、進め方のコツやお勧めのアプローチなどはありますか?

藤井
DXを推進する場合、デジタルに詳しいだけの人を採用するよりは、業界やユーザーを充分に理解している人を採用して、ハイレベルでなくても構わないので後から技術を身に付けてもらった方が良いと思います。

仮に、非常に優秀なデータサイエンシストを採用したとしても、その業界でデータから、顧客の深層心理や顕在化していない購入動機など「インサイト」を掘り出すのは難しいでしょう。そもそも、業界を分かっていないから仮説が立てられないし、仮説がないからインサイトを引き出すこともできません。

ですから、データサイエンティストを採用する場合は、1か月は店頭に立ってもらって、バックヤードも含めた現場で「デジタル」ではない部分のスキルを身につけることで良い成果が出るでしょう。

田村
藤井さんの仰る通りで、外部から多くの技術者を呼んできても、結局は、「現場感」が抜けた発想しか出てこないケースが多いので、そこをどうしていくかが今後の課題です。

奥谷
大局的に見た場合、DXはまったなしですから、社内のデジタルスキル向上に向けた人材育成など「HR」の重要性が問われているでしょう。

既存のアプリに頼りきるのではなく、人事はデジタルを通して人と関わっていく必要があります。
役員も含めた全ての役員が総出で取り組むなかで、HR部門がフェアな立場からスキル教育を指示していくのが良いのではないでしょうか。

藤井
私は、CCO(コミュニケーションオフィサー)ですが、同時に、HRとして守りを固めながら、社員に対しては攻めよりなアプローチをしています。また、社員から上がってきた意見やアイデアの吸い上げなども有機的に行っています。

あくまでデジタルは手段ですから、社員がいかに社内の目的に納得してつながるかが重要ではないでしょうか。「何に対して納得できないんだろう」という問いに対して腹落ちできるところまで到達できれば、同じ研修をしても違うのかなと思います。

終わりに

POINT

  • DXには、顧客体験の向上を意味するCX(カスタマーエクスペリエンス)と社員体験の向上EX(エンプロイーエクスペリエンス)がある。
  • お客様とつながり続けるためにどうすれば良いかを真摯に考え「顧客体験の最大化」させることが鍵になる。
  • デジタル化によって「異業種パーソナライズ競争」が加速し、想定外の業界からの参入が増えている。
  • 商品やサービスが良ければ問題ないと考えるのではなく、お客様の購入経路など「カスタマージャーニー」を組織全体で支える必要がある。
  • 「業界の常識を打破」するのは非常に難しいが、社会に潜む問題解決はDXの役割のひとつである。
  • 優秀なデータサイエンシストを採用するよりは、顧客の深層心理や顕在化していない購入動機など「インサイト」を引き出せる社員の情報リテラシー教育に注力した方が効果的。

いかがでしたでしょうか?

コロナ禍を経て「アフターデジタル」が加速するなかで、真摯にDXに取り組んできた企業は​​​​​​​​「DXの目的は新たなUX(ユーザーエクスペリエンス)の提供であり、お客様の成功体験を軸にするべき」という共通認識が生まれつつあります。

その一方で、DXに取り組んではいるものの、単なるデジタル化の領域を抜け出せないジレンマに悩まされている企業も多いのではないでしょうか。

事例として紹介された「NIO」及び「SUZUKIモータース」は、「環境破壊への憤り」や「業界の常識を覆したい」という創業者のひたむきなパーパスがあり、それに賛同するお客様同士は強い絆で結ばれたコミュニティを形成しています。

これらの企業のように「お客様が企業とつながり続ける理由」を確立するためには、「何のために自社が存在するのか」「社員は何のために働いているのか」という「存在意義」を問い直す必要があります。

そのためには、社員全体でお客様のインサイトを掘り起こし、「どのような暮らしと価値を届けるのか」という「届けるべきUX」や「カスタマーサクセス」を見据えた上で、HR部門を中心とした的確な情報リテラシー教育を施すことが「アフターデジタル」に対応した組織作りの礎となるでしょう。