テクノロジー

デジタル前提社会での地方と都市の関係性とは?地方移住の現状から未来のビジネスを考える

コロナ禍で急激に浸透したリモートワークによって、都市の社会に勤務しながら住居は地方に構えることが珍しくなくなりました。住居だけでなく二拠点生活や多拠点生活で関わる地域を増やすという動きも出てきています。働き方や生き方が多様化するなかで、地方と都市における関係性の変化をビジネスに生かすにはどうすれば良いでしょうか?

ハウスコムでは、「HOUSECOM DX Conference」を定期的に開催し、様々な業界で活躍されている先駆者をお招きして、デジタル社会での暮らし方や働き方を議論しながら、常に新しい事業を生み出しています。

今回のセッションでは、内閣府地域活性化伝道師の木下斉氏と面白法人カヤック代表取締役CEO柳澤大輔氏を迎えて、人々の街との関わり方はどう変わり、企業に何が求められているのかについてお届けします。
(2022年6月27日HOUSECOM DX Conference)

登壇者

木下 斉氏

一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンス代表理事
内閣府地域活性化伝道師
高校1年生から補助金に頼らない地域事業開発に従事、高校3年生で起業。著書『まちづくり幻想』『凡人のための地域再生入門』『地方創生大全』『稼ぐまちが地方を変える』などは台湾、韓国、中国でも翻訳。

柳澤 大輔氏

面白法人カヤック代表取締役CEO
鎌倉に本社を構え、鎌倉からオリジナリティのあるコンテンツをWebサイト、スマートフォンアプリ、ソーシャルゲーム市場に発信する。

モデレーター

酒井 まゆみ氏

福島県生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。IT系ニュースサイトを運営するアイティメディアで情報システム部に在籍。2018年10月、フリーに転向。現在は記者、広報、イベント企画、ブランドアンバサダー、マネージャーとして、行政から民間まで幅広く記事執筆、企画運営に奔走している。

田村 穂

ハウスコム株式会社代表取締役社長執行役員
「住まいを通して人を幸せにする世界を創る」をミッションとし、人工知能などのITテクノロジー、自社のビッグデータを活用した社会・地域に貢献できる不動産テック企業を目指す。

都市に住み続ける必要はあるのか?コロナ禍で問い直されたライフスタイル

ーコロナ禍で地方と都市の関係性が変化した実感はありますか?

木下:
今回のコロナ禍は「何となく通勤して仕事をしてきた」人たちが「本当に会社に行かなければいけないのか」「都市に住む必要があるのか」というライフスタイルそのものを問い直すタイミングだったのではないでしょうか。

結果として、実は会社に行かなくても成立する仕事だったことに気が付き、海が好きなら東海道線沿線の南側、山が好きなら軽井沢方面など地方で生活する人も増えました。

コロナ禍の初期には、緊急事態宣言が発令され、リモートワークが推奨されましたが、都内の家の大部分は、昼間に家族が集結することを前提に設計されていません。両親共働き世帯の割合が2/3と言われるなかで、子供たち全員が家にいる状態で、夫婦それぞれがオンライン会議をしたくてもスペースが足りないなどの悩みを数多く耳にしました。

業種で言えば、比較的クリエイティブな仕事に従事する情報系の人は今まで「何となく」都内にいたのですが、都内に見切りを付けて地方に移住するタイミングでもあったと思います。

ー柳澤さんの「面白法人カヤック」はまさに木下さんのお話に該当するような業種かと思いますが、リモートワークにシフトして直面した課題などありましたか?

柳澤:
カヤックの本社は鎌倉にあり数百人の社員が鎌倉に住んでいます。
鎌倉に住んでいれば、わざわざ満員電車で通勤する必要はありませんし、保育園は近くにあり、小学生も夕方には会社に帰ってくるので、Well-being(ウェルビーイング)が高まるような環境が整備されています。

ところが、コロナ禍で「ステイホーム」が推奨され、出社できなくなると、会社が鎌倉にある必要も鎌倉に住む必要もなくなってしまいました。リモートワークになって直面した最も大きな課題は、オンラインのブレーンストーミングが驚くほど盛り上がらなかったことでしょうか。

ただ、研究を重ねたこともあり、オンラインでも充実したブレーンストーミングは実現し、いくつかの取材も受けることになりました。

ですから、いかなる問題にも突破口はあると思います。
約3年のコロナ禍を経て、会社としては、週3回程度の出社が適切ではないかと考えていますが、平均値をとると週1.5回くらいしか出社していないので、もう少し出社を増やしても良いのではないかと思います。

木下:
コロナ禍では、一旦、全てをオンラインに振り切ってきましたが、オンラインの必要がない業務は対面に戻りつつあります。オンラインに切り替える良いタイミングではあったのではないでしょうか。

田村:
不動産賃貸業においても「部屋探しはリモートで完結」できるのではないかと考えて試行錯誤してきました。しかし、最終的に「部屋はオンラインでなくリアルに内見をしたい」というお客様の希望もあり、完全なリモート化には至っていません。

個人的には、リモートワークでは、移動時間を考慮せず、隙間なく予定を入れてしまうので、コロナ前に比較して1日の会議が激増して大変だった思い出があります。

地方移住を検討する人が急激に増加。選ばれる地域に共通点はあるのか?

ー柳澤さんは会社の拠点として鎌倉を選択されましたが、「選ばれる地域」に共通の条件はありますか?

柳澤:
移住先として「島」の人気は非常に高いですが、それ以外の地域では、それほど大きな差は見られません。仕事がなければ移住はできませんから、DX化やSNSなどデジタル発信など仕事ができる環境が整備されていることは重要です。

今までも、副業や二拠点生活を希望していた人は数多くいましたが、企業はそれを許可しなかったこともあり、政府が「地方創生SDGs」に舵を切ってもあまり効果がありませんでした。

しかし、今回のコロナ禍で一気に状況が変わり、弊社が運営する「移住のためのマッチングサービス」には800以上の登録がありますが、コロナ禍以降の登録件数が激増しています。ある地域が人気で選ばれるというよりも、全体の動きとして地方への移住を考える人が増えているのではないでしょうか。

木下:
圧倒的な差をつけて選ばれるような地域は特にありません。ただ、比較的選ばれやすい地域はあるのではないでしょうか。

例えば、北海道旭川市を本拠地とする男子プロバレーボールチーム「ヴォレアス北海道」では、選手やサポートに従事する多くの人が旭川町とアクセスの良い東川町に住んでいます。また、旭川市に隣接し、車で簡単に往来できる比布市に移住する人は増えています。

地域性以外の観点では、人気が高い地方の会社は、代表がコラムなどで魅力的な発信をしているケースが多いかもしれません。

例えば、熊本県天草にある「株式会社シークルーズ」は、イルカウォッチングやクルーズ、グランピング事業を行っていますが、サイトを見た地元の出身者がUターンで戻ってきたり、現役の海上保安庁の応募があるほど人気を集めています。

国からの補助などは一切受けていないにも関わらず、ここまでの盛り上がりを見せているのは非常に興味深いです。

地方に移住したら仕事はどうなる?ライフスタイルに合った地域の探し方

ー移住には人生がかかっていると考える人も多いと思います。自分のライフスタイルにぴったり合った地域はどうすれば見つかりますか?

田村:
移住する場合、仕事はどうするのか気になります。地方で本当に稼げるのか、コミュニティに馴染めるかなど不安はつきものではないでしょうか。

柳澤:
仕事に関しては、2009年に総務省がスタートさせた「地域おこし協力隊」は、地方に移住し、地方自治体の委託を受け、地域の問題解決や発展のための活動を行います。現在の6,000人から3年後には8,000人に拡大する目標を掲げていますので、そういった制度を利用して移住の足がかりにするのも良いでしょう。

それから、現在の資本主義社会は需要が上回ることで成立しますが、リアルな社会は供給過多に陥っています。一方、メタバース上はまだまだ需要が上回っていて、経済活動が可能ですから、どこに移住したとしても、30年後に仕事がなくなることはありません。

木下:
愛知県は、トヨタ自動車を中心として地元の産業が盛んであるにも関わらず人口流出県なのをご存知でしょうか。やりがいを感じる仕事がなかったり、古いオーナー会社が多く、女性の役員や中間管理職が少ないため特に女性の流出が多くみられます。

これからの時代は、仕事の質や内容だけでなく自由さや公正さがクリアできている企業に優秀な人材が集まりますから、そこをクリアしようとする企業は今後増えていくでしょう。また、柳澤さんの仰る通り、今は、オンラインの発達で色々な仕事ができますし、農業を含めた第一次産業でも日当は相当あります。

移住前に仕事を探す場合には、ネットの情報やコラムを読むだけでなく、夏休みなどを利用して実際に訪れてみてはいかがでしょうか。移住経験者のOB・OGが移住者を応援している県もありますから、移住に積極的な地域を見つけて、実際に人に会うことをおすすめします。

「骨を埋める覚悟」で移住する時代は終わった。鍵を握るのは「人材流動性」

田村:
移住というと人生を背負ってという「重い」イメージがあるのですが実際にはどうですか?

木下:
最近は、仕事が決まっていない状態で移住するのではなく、熱海など都市部からのアクセスの良いコミュニティにお試しで何度か通って、本格的な移住を決めるケースが増えています。

昔のように「骨を埋める覚悟で移住する」時代ではなく、子どもが幼稚園や小学校までは自然の多い地方、中学以降は都市などライフスタイルに合わせて住む場所を変えるのが当たり前ですから「移住」はよりライトなイメージに方向にシフトするでしょう。

柳澤:
仕事や家などのハードル面で納得できる地域が見つかったら、次のハードルは住民文化ではないでしょうか。何処の地域であっても「新参者にはお祭りに参加させたくない」「この地域に家を買ったら仲間に入れてあげる」という土着の人がいるものです。

移住を希望する人が頻繁に訪れて、それを当たり前のようにサポートしながら「関わりしろ」を持たせて、週に2回しか来ないけど「この街に関わっている」「貢献できている」という出入り自由な風通しの良い地域に人は集まるでしょう。

ー「人材流動性」が高くなると人が集まりやすくなるのでしょうか?

木下:
「家を建てれば逃げられない」と言っていた時代はもう終わりました。特に、北海道では地域が消滅するケースもありましたから、かなり危機感を持っています。

若い人に町長になってもらうことで世代交代をはかったり、進学や就職などで生まれ育った地域から離れた人に対して「地域を捨てた人」と冷遇していた地域でも、快く受け入れるように「人材流動性」に対して積極的な傾向がみられます。

かつては、地元に戻った場合に「都落ち」「東京で失敗した」などネガティブに捉えられるケースが多かったですが、団塊の世代で出てきた子供や孫の世代にとって「東京が上で地方が下」という認識はありません。受け入れる側は、そういった意識をアップデートしていくことも必要でしょう。

田村:
移住に関して地方自治体と民間の連携はどのように取っていけば良いのでしょうか?

木下:
行政だけでなく企業が働きがいのある仕事を提供すると同時に、「移住したら100万円貰える」など「金銭面」ではなく「この地域でこんな貢献ができる」「自分の専門性が副業として生かせる」という「やりがい」に対する訴求がより重要になるでしょう。

生活のスタイルに関しては、オフィスや保育環境、仕事の内容などを再構成し、ハイスペックな人が移住した場合にも充分に力を発揮できるように、企業側が変革しなければいけません。

柳澤:
行政と企業の垣根が取り払われるなかで、地域も加えた三者の連携が必要不可欠です。三者のキーマンがしっかりとタッグを組むことが魅力的な地域づくりや街づくりにつながるでしょう。

木下:
今までは考えられなかったような辺境の地にオーベルジュを開業したり、世界的な企業が日本一寒い地域でダウンジャケットを作るための拠点を持つなど地域の自然環境やライフスタイルの特性を生かした取り組みが次々と成功をおさめています。

柳澤さんが仰ったように、三者のキーマンがしっかりとつながることで、チャンスをしっかりとキャッチできるのではないでしょうか。

「固定概念を捨てる」地方と都市の変化をビジネスチャンスにつなげるヒントとは

ー都市と地方の関係における変化をビジネスチャンスにつなげるヒントとして何が考えられますか?

木下:
コロナ禍で観光業は世界的に打撃を受けましたが、欧米では既にコロナ前に戻り、さらに大きな成長を遂げています。

今後、日本でも多くの海外からの旅行者が増える兆しがみられますが、今まで人気だった東京や大阪などの主要都市よりも、よりローカルな地域で本物に触れたいという需要が高まっているのではないでしょうか。

今までは、地方の田舎では安いものしか売れないという固定観念がありました。しかし、私の知人は、地方で個室型の高品質な宿を経営していますが、このコロナ禍で過去最高益を出しています。

富山県南砺市では40年前に集落として閉じたところが「エコビレッジ構想」によって再評価されるようになりました。これからは、その地域独自の自然や産業に目を向けることがビジネスにつながるのではないでしょうか。

柳澤:
仕事においてデジタルを主戦場に選ぶ場合、住む場所は何処でも良いわけですから、都市にこだわる必要はありません。

かつては、東京を中心とする都市には、産業や文化の集約により刺激を受けやすいという特性がありましたが、コロナ禍でイベントや飲み会の中止が相次ぎ、そういった優位性はなくなりつつあります。

そもそも地方の方が住みやすいですし、ビジネスチャンスにとらわれて移住先を探すよりも、自分が幸せになれる街を見つけて楽しめたらそれで良いのではないでしょうか。

ーワーケーションに対して、木下さんは否定的、柳澤さんは肯定的な印象を受けますが、日本のワーケーションの現状についてどのように考えていますか?

木下:
ワーケーションに否定的というよりは、地方自治体が補助金を使って、地域をあげて取り組む姿勢には違和感を覚えます。

本来、ワーケーションは、ヒントや刺激が欲しくて地方に行くのですから、訪れるに値する魅力があるかどうかが重要ですし、地方自治体は市場を把握したうえで、対象者に合わせた推進をした方が成功しやすい傾向があるようです。

柳澤:
私たちの会社は、「旅する支社」として、世界中でワーケーションを続けてきましたが、訪れる側からすれば、モバイルがあれば仕事はどこでもできるので、その地域がワーケーションに向いているかどうかはそれほど意識していません。

ですから「ワーケーションに向いている地域ですよ」と発信するよりも、人と人が繋がれるような拠点を作ったり、ワーケーションにこだわらず、訪れてみたいと思わせるような楽しい状況を提供する方が人が集まるのではないでしょうか。

終わりに

2020年3月に発令された緊急事態宣言による「ステイホーム」は、都市と地方の関係性を中心とした私たちの生活を見直す大きな転換期になりました。

今回のコロナ禍では、デジタル化によって、会社に行かなくてもできる仕事が数多く存在し、あえて都市に住む必要がないことに気づいた方が多いのではないでしょうか。
さらに、「通勤の利便性を考慮して購入したマンションに住み続けなければいけない」「地元に戻っても仕事がないから都市でなければ生活できない」といった固定観念に縛られた人生設計を見直す絶好の機会にもなるでしょう。

これからは、地方への移住を通じて「海と山と都市の多拠点生活」「趣味のサーフィンを仲間たちと楽しむ暮らし」など、今までは仕事や家族の制約や柵によって諦めていた「憧れのライフスタイル」が実現するかもしれません。

また、受け入れる側の地方自治体や地元企業は、出入り自由な「人材流動性の高い」コミュニティを形成して移住者をサポートし、その地域にしかない自然や文化、産業などをポジティブに発信することで、地方と移住者それぞれの憧れや夢が実現するのではないでしょうか。