テクノロジー

2030年のくらしはどう変わる?~暮らしの変化と新しいビジネスチャンス~

2022年に入り、「Web3」「メタバース」「NFT」などのキーワードを頻繁に目にする機会が増えています。私たちは今、時代の大きな転換期にいると言っても過言ではありません。

激動する時代のなかで、2030年の世界はどのような社会になっているのでしょうか?また、未来を知る手がかりとして「変化の兆し」はどこに表れているのでしょうか?

ハウスコムでは、「HOUSECOM DX Conference」を定期的に開催し、様々な業界で活躍されている先駆者をお招きして、デジタル社会での暮らし方や働き方を議論しながら、常に新しい事業を生み出していっています。

第一回目の第一セッション「2030年の暮らしはどう変わる?-暮らしの変化と新しいビジネスチャンス-」ではIT批評家の尾原和啓さん、一般社団法人シェアリングエコノミー協会 代表理事の石山アンジュさん、そして、モデレーターにPlug and Play Japan 株式会社 執行役員CMOの藤本あゆみさんをお迎えして、「最先端テクノロジー」と「シェア(共生)」という視点から、少し先の未来をお届けします。
(2022年6月27日HOUSECOM DX Conference)

登壇者

尾原 和啓氏

インターネットのプラットフォームを居心地の良い場所にするため、著作を通じてインターネットの可能性を追求するカタリスト。今回はシンガポールからのオンラインによる参加。

1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用システム専攻人工知能論講座修了。
マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、NTT ドコモの i モード事業立ち上げ支援、リクルート(2回)、ケイ・ラボラトリー(現:KLab、取締役)、コーポレイトディレクション、サイバード、電子金券開発、オプト、 Google、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業に従事。
内閣府新AI戦略検討、経産省 対外通商政策委員等を歴任。NHK「令和ネット論」にて「DX」「メタバース・NFT」を解説。

石山 アンジュ氏

一般社団法人Public Meets Innovation 代表理事、一般社団法人シェアリングエコノミー協会代表理事、デジタル庁シェアリングエコノミー伝道師。

神奈川県横浜市出身。「シェア(共有)」の概念に親しみながら育つ。国際基督教大学(ICU)卒業。大学卒業後、株式会社リクルート入社、ホールディングス化に伴い株式会社リクルートキャリアに転籍、その後株式会社クラウドワークス経営企画室を経て現職。
シェアリングエコノミーを通じた新しいライフスタイルを提案する活動を行うほか、政府と民間のパイプ役として規制緩和や政策推進にも従事。政府の委員なども多数務める。

モデレーター

藤本 あゆみ氏

Plug and Play Japan 株式会社 / 執行役員 CMO

大学卒業後、2002年にキャリアデザインセンターに入社。求人広告媒体の営業職、マネージャー職を経て2007年4月グーグルに転職。代理店渉外職を経て営業マネージャーに就任。
女性活躍プロジェクト「Women Will Project」のパートナー担当を経て、同社退社後2016年5月、一般社団法人at Will Workを設立。
株式会社お金のデザインでPR マネージャーとしての仕事を経て、2018年3月よりPlug and Play株式会社でのキャリアをスタート。現在は執行役員CMO としてマーケティングとPRを統括。

田村 穂

ハウスコム株式会社代表取締役社長執行役員

「住まいを通して人を幸せにする世界を創る」をミッションとし、人工知能などのITテクノロジー、自社のビッグデータを活用した社会・地域に貢献できる不動産テック企業を目指す。

2030年は「モバイルファースト」から「バーチャルファースト」への大転換期

ー2030年、テクノロジーによる暮らしの変化を支えるキーテクノロジーにはどのようなものがありますか?

尾原:
2030年という括りは非常に重要で、恐らくかつてない大きな時代の転換期になるでしょう。
この20年でテクノロジーは、スマートフォンとモバイルの台頭により「リアルファースト」から「モバイルファースト」へと目まぐるしい変化を遂げました。

次の20年の大きな変化として考えられるのが「メタバース」や「ブロックチェーン」による「バーチャルファースト」です。現在、VRのヘッドセットは1千万台を売り上げ、2年後には1.5千万台にのぼると予測されていますが、5000万台の規模感というのは、セガのメガドライブや任天堂64と同じです。
少数の限られた人が遊ぶ「ゲーム」から、誰もが利用する「スマートフォン」のような規模感の変容がみられるのが2030年ではないでしょうか。

田村:
私たち企業はこのような変化にどう対応すべきなのでしょうか。今の段階で分かっていること分からないことについて教えてください。

尾原:
技術そのものは20年単位のスパンで進んでいますが、技術がいつ成熟するかは分かりません。
そこには、人間の価値観の変容が必要不可欠だからです。
例えば、2010年代から2020年代中盤にかけて生まれたα世代が出会う最初の友達は、リアルな砂場ではなくマインクラフトと言われています。
さらに、今のZ世代は車は持たない、借りれば良いというシェアリングエコノミーが当たり前になっています。このα世代初期の若者が社会人になり、Z世代が中核を担う時、価値観の変容は否応なく起こるでしょう。

全ての人が平等に利益を享受する「シェアリングエコノミー」実現に向けた課題とは

ー2030年の暮らしを考えるうえで「シェアリングエコノミー」は重要なキーワードになるかと思いますが、いつ頃どのような背景で生まれたのでしょうか?

石山:
「シェアリングエコノミー」は、個人の資産をシェアしようという思想で2008年に誕生しました。
ただ、現在の日本では、シェアリングエコノミーをBtoBの資本的なつながりを感じている人が多数派で、世界的な流れである「プラットフォーム共同組合」のようなコミュニティはまだまだ少数派です。誰もが自由に利用できるコモンズ的なプラットフォームに到達しているとはいえません。

ー「コモンズ(社会資本)」的なプラットフォームへ移行するための課題などはありますか?

石山:
20年前は、インターネットによって遠くの人と繋がれる、そして、世界はひとつになると期待されていましたが、実際にはフェイクニュースが溢れています。今後も現在のように秩序がない状況が続くようでは、Web3を中心としたテクノロジーがどれほど進化しても、人々は繋がりよりも孤独を感じてしまうのではないでしょうか。
みんなが平等に利益を享受するプラットフォームが必要だと思います。

尾原:
創世記のインターネットは、つながることが目的ではなく、それぞれの多様性を楽しむものでした。
しかし、ひとりひとりの幸せに貢献するのではなく、悪用する方に熱心になり、フェイクニュースが増えています。各ユーザーが見たくないような情報を遮断する「フィルターバブル」の代償として、政治を中心とした大きな分断が生じてしまいました。
今後、コミュニティの中に多様性を楽しもうという設計が必要になるのではないでしょうか。

2030年のトレンドは多様性を楽しみながら他者を受け入れる「三人称の住まい探し」

ー暮らし方にも多様性を楽しむ姿勢がトレンドになるのでしょうか?

尾原:
住まいという観点では、パリでは日本の「縁側」をどう再現するかという研究が行われています。
縁側では、家という私的な空間に、自由に人が出入りしてお喋りなどを楽しむことができます。日本だけでなく世界的にも、住まいにおいての多様性が求められるのではないでしょうか。

田村:
住まい探しに関しては、今までは「私は私」「あなたはあなた」という一人称が主流でしたが、今は「三人称」のなかで住まいをどう展開するかにシフトしています。

例えば、埼玉の「ハラッパ団地・草加」では、同じような家族構成の人々が集まり、石窯でピザを焼いたり、畑仕事をしながら悩みを相談できるコミュニティが人気を集めています。

「私とあなた」ではなく、第三者を介した「三人称」の地域コミュニティを大切にしたいと考える人が増えているのではないでしょうか。

ーシェアハウスでの生活においても「多様性を楽しむ姿勢」が求められるのでしょうか?

石山:
シェアハウスにおいても、縁側を広げるように、周囲の人を家族と思って受け入れ、多様な人とつながり「拡張家族」の一員となる覚悟が必要になるでしょう。

セーフティネットを目的としてシェアハウスに住みながら仕事をする場合の大きな課題は、価値観の近い人とだけ仲良くなってしまうことです。シェアハウスにおける「リアル」な世界では、SNSのように気に入らなければスワイプして終わりという意識ではなく、最後まで対話を諦めないヘビーなつながりが求められるのではないでしょうか。

シェアハウスに入居していただく際には、「自己変容」を約束し、人とのつながりに対する姿勢を修行と位置付けて、価値観の違いを乗り越えてもらっています。

「都市の副作用」によって失われた「所属欲求」が及ぼす影響とは

ー2030年に向けて、多様性を受け入れるためにどのような意識変容をすべきなのでしょうか?

石山:
私たちは、地震や戦争で、自分を守るのに精一杯で保身に走り、他者との線引きをしがちです。
さらに、デジタルの世界では繋がることも切り離すことも容易なので、宗教を持たない日本人にとって薄いつながりを改善するのは非常に難しいかもしれません。
マインクラフトの世界で育った世代の「嫌になったらスワイプして終わり」という世界観のままで「テクノロジーが全てを解決する」と期待するのは危険だと思います。

尾原:
予防医学者で「ウェルビーイング」提唱者である石川善樹氏は、この30年に起きた恐るべき価値観の変容は、インターネットやSNSではなく「都市の副作用」であると指摘しています。
具体的には、近代工業化に伴う住まいの変化によって、私たちは隣近所に誰が住んでいるのか分からなくなってしまいました。

これは、周囲の人たちと助け合って生活してきた狩猟時代にも農耕時代にもみられなかった人類が生まれて初めて経験する非常に大きな変化です。

住んでいる場所によって得られる「所属意識」を失った私たちは、出身大学や所属する会社に「所属意識」を求めるようになりました。
「承認欲求」はSNSで「いいね」をもらうことで満たされますが「所属意識」まで満たすことはできません。メタバースによる「拡張家族」や「ムラ」のように、これからのテクノロジーは居場所を作る必要があるでしょう。

石山:
「所属意識」に関しては、これからの時代は大企業であっても個人を生涯にわたって守ることが難しくなります。AがダメならBという多角的な帰属意識やセルフカスタマイズが必要になってくるかもしれません。

複数のポートフォリオを持つことで「自分らしい住まい探し」が実現する

ー「所属意識」を満たしながら「自分らしい」住まい探しをするにはどうすれば良いでしょうか?

田村:
今までの住まい探しは「月収がいくらだからこの部屋に住む」というように、給与によってスペックや家賃が決まっていました。
しかし、これからは「波乗りをしたい」「パートナーとの時間を大切にしたい」など「過ごし方」にフォーカスした住まい探しが主流になるでしょう。

尾原:
今回のコロナ禍で副業が当たり前の時代になり、複数のポートフォリオを持ちながら自分らしさを探す人が増えたように感じます。
例えば、私の知人は、バリとシンガポールの2拠点で生活していますが、住んでいない住居の賃貸料を生活費とし、旅行をする際には、両方の住居の賃貸料をホテル代に充てています。

今まで、リアルな世界では、仕事や住居の選択において失敗はできませんでしたが、副業が当たり前になり、複数の選択肢を持てるようになることで、どれか1つでも成功すれば良いという余裕が生まれるでしょう。

石山:
誰でも複数の仕事と住居を持てるようになった今、求められるのは「個人のリテラシー」ではないでしょうか。

例えば、私が住んでいる大分県の豊後大野市では、70代、80代の方が「昔ながらの人間関係のルール」に従って生活していて、NFTやメタバースの話をしても恐らく通じません。
複数のポートフォリオを持つ場合、今までの自分の価値観とは異なる複数のルールを受け入れるという困難さが常に付きまといますから「修行をするんだ」という覚悟も必要になると思います。

田村:
今までの不動産や住まい探しは、豪華で潤沢な設備のある「場所」を稼ぎという「能力」によってシェアしてきました。これからの住まいに求められるものは何か教えてください。

石山:
いかに「最初から余白を作るか」がこれからの住まいのポイントになると思います。
例えば、大分にある空き家バンクでは、ぼろぼろの空家を好きなようにDIYして暮らしていますが、東京のマンションでは画びょうを刺すことすらできません。
「住まいを自分が作っている」という感覚を「空間」だけでなく「人付き合い」も含めて、個人が自由に創作できる「余白」を最初から残して欲しいです。

尾原:
今までの「失敗させない、安心安全の不動産」から「メタバース」や「シェアリングエコノミー」によって流動性が担保できるようになり「失敗を楽しめる」方向に進んでいくのではないでしょうか。

例えば、昭和の旅行は絶対に失敗できないという理由から団体ツアーが主流でしたが、リクルートの「AB-ROAD」や「個人旅行」が奨励されて旅のあり方は大きく変わりました。
現在は、旅における「摩擦」と「失敗」こそが「思い出」と「成長」を促すと考える人が多いのではないでしょうか。これからの住まいは、「余白」をみんなで作りながら「失敗を楽しめる」方向にシフトしていくでしょう。

ー確かに、現在の賃貸物件では画びょうを刺すのにも躊躇し「2年ごとに更新」が当たり前ですが、2030年にはそういったルールも変化するのでしょうか?

尾原:
中国の不動産仲介サービス企業「Ziroom(ズールー)」におけるコミュニティでは、個人の資産や借入状況などをトータルで示す「信用スコア」によって、敷金礼金なしで自由に住まいを選択できます。本来、「信用スコア」は失敗をレビューするものでしたが、スコアが貯まるほど自由度が増えます。

今後「Web3」が当たり前の時代になれば、コミュニティとしての場の価値を高めることでベースとなるトークンの価値も高まるでしょう。

「Web3」の本質とは「コモンズ(社会資本)」をみんなで育むことで、場の価値が高まり、お互いが幸せになることです。そういった意味では「Web3」と住まいは相性抜群と言えるでしょう。

終わりに

2030年、バズワードとして頻繁に耳にする「NFT」や「メタバース」が当たり前のように暮らしに浸透する「モバイルファースト」の時代が到来します。

テクノロジーが劇的な進化を遂げるなかで、自由で平等に利益を享受するプラットフォームが成立すれば、自分と家族や恋人という狭い世界ではなく、第三者とのつながりを介した「三人称」の部屋探しへと変化していくでしょう。

今までの部屋探しでは、稼ぎに応じて部屋のスペックが決まるだけでなく、2年毎の更新などのルールも多く、失敗は許されない風潮がありました。
しかし、コロナ禍で副業や多拠点生活が可能になり、複数のポートフォリオを持つことで「失敗を楽しむ」余裕が生まれ、趣味やパートナーとの過ごし方にフォーカスした自分らしい暮らしが実現できるのではないでしょうか。

少し先の2030年には、新たなテクノロジーを自由に活用しながら、「会社や家族が許すならこんな生活がしたかった」「複数のコミュニティに自分の居場所がある」という諦めかけていた理想の暮らしが待っているかもしれません。